「嫌いじゃない」が本音を隠す、曖昧な言葉づかいに隠れた心理とは

「嫌いじゃない」が本音を隠す、曖昧な言葉づかいに隠れた心理とは 自己探求・本当の気持ち

一見、否定でも肯定でもないこの表現には、実は本人も気づいていない「本音」が隠れていることがあります

その本音とは、一体何なのでしょうか

「嫌い」はストレート、「嫌いじゃない」は…なぜ遠回り?

カウンセリングでお話を伺っていると、「うーん、嫌いじゃないんです」というお返事が返ってくることがあります

これを伺うと、「あぁ、嫌いじゃない……んですねぇ」と返しながらも、私の中では、少しもやっとした感覚が残ります

「嫌い」という言葉は、直球でストレートです
「イヤだー!」という、赤ちゃんの叫びのような鮮烈な「嫌い」があります

街中で、お腹の底から「イヤだ!」と叫び、エネルギーをほとばしらせている子どもを見かけると、いいなあ、まぶしいなあと感じます(その場のお父さん、お母さんの大変さは、また別の話として)

この「嫌い」には、むしろ無邪気さや、ある種の高潔さのようなものすら感じます

一方で、「嫌いじゃない」という表現は、不思議です

「好きじゃない」と「嫌いじゃない」、意図の違い

「嫌いじゃない」ということは、「好き」ということなのでしょうか

でも、ストレートに「好き」とは言いません
日本人的な婉曲表現、というだけでもなさそうです

私たちが選ぶ言葉には、必ず意図があります
この言葉にも、きっと意図があるはずです

そのヒントとして、逆のパターンである「好きじゃない」という表現を、先に考えてみます

「嫌い」というネガティブな表現は、あまり口にしない方がいいとされる風潮があります
そのため、「それ、好きじゃない」という言い方は、ストレートに「嫌い」を使わず、相手を嫌な気持ちにさせない思いやりとして、意図が理解できます

つまり、本心は「嫌い」なのだけれど、あえてその強い表現を使わない、婉曲表現のケースです

「嫌いじゃない」の奥にあるもの

では、「嫌いじゃない」はどうでしょうか

こちらは、あえて「嫌い」というネガティブな言葉を使い、それをわざわざ否定するという、回りくどい表現を選んでいます

先ほどの「好きじゃない」の例にならうなら、本心は「好き」のはず、ということになりそうです

でも、そう単純には思えないことがあります

なぜなら、「嫌いじゃない」と言っていた方々の多くが、眉間にしわを寄せながら、その言葉を口にしていたからです

この表情の違和感について、考えられる可能性を、3つに整理してみます

可能性1:気持ちが、まだ振り切れていない

好きと言い切れるほど、気持ちが振り切れていない状態です
好き嫌いを0〜100の度合いで表すなら、30以下ではないけれど、90以上でもない、という中間の状態と言えます

可能性2:関係性への配慮

本当は10以下で、実際には「嫌い」に近いところにあるけれど、関係性や時間、積み重ねてきた事情があって、「嫌い」と断言することがはばかられる、というケースです

夫婦のような長い関係性になると、「好き・嫌い」という単純な間柄ではなくなる、という話もあります
積み重ねてきた関係の中では、単純な好き・嫌いの感情だけでは語れない気持ちも、確かにあります
そう簡単に割り切れるものばかりでもないのが、人の心です

可能性3:ネガティブ感情への忌避意識

そして、可能性として一番高く、かつ私が気にかけているのが、この3つ目です

これは、「嫌い」という感情そのものを、感じてはいけないものだと、無意識に避けてしまっているケースです

なぜ、この3つ目が気になるのか

先ほど、「嫌いじゃない」と言っていた方々の多くが、眉間にしわを寄せながら、その言葉を口にしていた、とお伝えしました

眉間にしわが寄る、というのは、通常「嫌い」を感じているときの表情です

つまり、身体は「嫌い」だと感じているのに、言葉ではそれを否定している、という状態

もし、こうした場合であれば、使う言葉も「嫌い」である方が、「身体」で感じていることと、「思考」「行動」が一致します

反対に、身体が感じている「嫌い」を、いけないものとして扱い、その感覚自体を避けるために「嫌いじゃない」という言葉で却下してしまっているとしたら——それは、少し注意が必要かもしれません

曖昧にした本音が、エネルギーを曇らせる

慎重に言葉を選び、心にフィットする表現を探した結果なのかもしれません

しかし、その微細な「イヤだ」を、自分でも気づかないうちに我慢し続けていることが、あなたの内側のエネルギーを、少しずつ曇らせていることがあります

その状態が長く続けば続くほど、やる気がなくなり、好きなことが分からなくなり、なんだか自分の人生を生きていないような感覚になっていきます

これが、私が一番危惧していることです

曖昧な感情を「嫌い」カテゴリに一度入れてみる

まずは、その違和感を、感じていいのだと、自分に許可してみてください

そして、その「嫌いじゃない」を、一度「嫌い」のカテゴリに入れてみてほしいのです

「嫌い」と感じてみてください

人によっては、スッとする感じがあるかもしれません

それは、身体と心と思考が一本に通ったからです

「イヤだ」と、お腹の底から感じてみると、そこには意外なほど、鮮烈なエネルギーが湧き上がってきます

それを抑えつけている方が、実はよほどエネルギーを消耗しています

まとめ:小さな違和感を、感じていい

「嫌いじゃない」という言葉を使うのは、様々な配慮や優しさなのかもしれません

その配慮や優しさ、それ自体は決して悪いことではありません

ただ、その奥にある小さな「嫌」を、なかったことにし続けると、じわじわと自分のエネルギーを消耗し、輝きを曇らせてしまいます

まずは、その違和感に気づき、「感じていいんだ」と、自分に許可を出すことから始めてみてください

自分の本音がよく分からなくなったら
「嫌いじゃない」のように、自分でも本音がはっきりしないなぁと感じるときには、カウンセリングで一緒に本音を紐解いていきましょう
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