私は、ずっと「他人に興味がない」と思ってきた
私は、ずっと
他人に興味がないと思ってきた(実際、そう言われてもきました)
そして実際の所、あんまりないんだと思います
いえ、全然なければ結婚もしませんし、友だちと会ったりもしないので、興味がゼロというわけではないでしょう
でも、自ら積極的に、熱意を持って関わろうとするほどの興味を、保ち続けている知人友人は、そんなに多くありません
って書いてると、皆さんそんなもんですよね、私だけじゃないか、って気にもなってきます
実際に、深く関われる方なんて、ほんの一握りだよなと考えると、今、深く関われている方とは、本当に奇跡的な時間を持てているということでもあるのですよね
なぜ、他人の「奥にあるもの」と向き合う仕事をしているのか
まぁ、そんな他人に興味薄な私が、なぜセラピスト、ヒーラーという
ごっつり他人の「見えない部分」「表現されない領域」に関わる仕事をしているのか?というと、なかなか説明が難しいところです
もちろん、学んで得た技術ですし、自分に向いている仕事だとも感じますし、得意だとまで感じています
色々な方の奥に眠る、インナーチャイルドたちとの対話にも、いつも感動させられます
ありがたい仕事だとも思っています
それはそれで私の気持ちとして正直なところではありますが、なにか「核」が、うまく言葉に反映されていない、という感覚もありました
その人が「核」にいないと、違和感を覚える
先日、ちょっとした作戦会議に駆り出されて、あぁ、と腑に落ちたことがありました
私は、その人が「核」に居ないと違和感を感じるのです
「まんなか」とか「本心」と言ってもいい
その人が、その人の「エッセンス」に触れていないと、私はなんだかもぞもぞと違和感をかんじてしまい、奇妙な印象を受けてしまうのです
言葉から「エッセンス」の香りを拾い、投げかけてみる
私は、対話をしながら、その違和感を確かめていきます
その人の発する言葉から、「エッセンス」の香りを拾い、それを投げかけてみます
そうすると、「エッセンス」が反応します
何回かそれを繰り返すと、パズルがはまるように、ピタッとしっくりくる感覚があります
「エッセンス」に力が宿る、と言ってもいいかもしれません
その人の「まんなか」に近づくと、そう、それ、私はそれに会いに来た、と感じるのです
私が惹かれるのは、いつも「隠されてきた本音」
そうなのです、私は人の表面には特に興味がない
その人が、どんなテレビを見て、食べ物は何が好きで、どんな事が楽しくて、気に入ってるのは誰の曲で——なんてほとんど興味がない
私が惹かれるのは、いつも「隠されて来たこと」
いけないことだと否定され、蔑まれ、封印された中にあるもの
恐怖と闇に閉ざされ、孤独と悲しみと共にあるもの
まとめ:闇を突き抜けた「光」に、その人の真実へ案内する
もし、私にお役目があるとしたなら、多分、それだと思います
闇を突き抜けた「光」に、その人の「真実」に案内すること
それが、私がこの仕事をしている、一番の理由なのかもしれません
あなたの「本音」を、一緒に見つけたいなら
表面的な会話では見えてこない、あなたの中の「エッセンス」
セッションでは、安心安全な場の中で、丁寧に本音を見い出していきましょう
→ セッションの詳細を見る
