なぜ「事実」を認めることが、こんなにも難しいのか
楽になりたい、自分自身をよく知りたい、もっと自分らしくのびのびと羽ばたきたい!
それぞれにご自身のステップアップを目指して、セッションに来て頂きます
私は、ビリーフリセットや認知行動療法を用いたセッションを行っていますが、ステップアップしたいと思い立った時に、セッションより大切な必須スキルがあると思っています、それは
「事実」を「事実」のまま観察するスキルです
私たちはいつも、「事実」を見ていると思っていますが、実は事実ではなく「解釈」を見ていることがほとんどです
また、「事実」が見えているのに、見ないふりをしてしまったり、分かっているはずなのに、心のどこかでそんなはずないと打ち消してしまう
——私たちは、事実を目にしながらも、都合の悪い「事実」はできるだけ見ないように、また見なかったことにしてしまいます
私たちはなぜ、「事実」をそのまま見ることが、こんなにも難しいのでしょうか
それは、私たちが情報(事実)を処理する際、無意識に「脳の生存本能」や「感情」、「過去の記憶」というフィルターを通してしまうためです
主な理由を、3つの角度から見ていきます
理由1:脳が、都合の良い情報だけを選んでしまう(バイアス)
脳には、自分の既存の信念や価値観に合う情報ばかりを集め、都合の悪い事実は無視したり、歪めたりしてしまう性質があります、これは「確証バイアス(認知バイアス)」と呼ばれています
自分の間違いや、予測外の事態を認めることは、脳にとって大きな負荷(ストレス)になります
そのため、無意識のうちに認知を歪めて、自分を守ろうとするのです
「自分が正しいと思い込みたい」「自分の選択が失敗だったとは認めたくない」——そんな心理が働き、客観的な事実を、直視できなくしてしまいます
理由2:「事実」と「解釈」を、混同してしまう
人は、客観的な「出来事(事実)」に対して、個人の価値観や感情に基づいた「意味づけ(解釈)」を行います
そして多くの場合、その解釈を「事実そのもの」だと誤認してしまいます
これには、幼少期からの体験や、トラウマ、「こうあるべき」という固定観念(ビリーフ・スキーマ)が、自動的に発動していることが関係しています
例えば
- 事実:「相手の返信が遅い」
- 解釈の混同:「相手は自分を軽視している(という事実だ)」と思い込んでしまう
このように、本来は中立的な出来事に、いつの間にか自分なりの意味づけが上乗せされ、それを「事実」だと思い込んでしまうのです
理由3:事実を認めると、自分の価値が揺らぐ恐れがある
事実を認めることで、「自分の価値が下がる」「失敗者になる」「これまでの努力が無駄になる」——そんな心理的な恐怖が生じる場合、人は強烈に、その事実を拒絶しようとします
心理的な安全が脅かされると、否認したり、自分を正当化したり、他者のせいにしたりといった、防衛的な心の動きが働くのです
失敗や損失が明らかであっても、「今回はたまたま運が悪かっただけだ」「○○のせいでこうなった」と、責任を他に転嫁することで、事実を直視することから逃れようとしてしまいます
「事実」は、都合が悪いが役に立つ!
こうした理由から、私たちは「出来事」を自分なりに解釈して理解をするのが当たり前のシステムで動いています
そのため、「事実」を「事実」として、そのまま見ることが、とても難しいのです
でも、「事実」を「事実」として見られるようになると、それだけでとても楽になります
実際に、私が主宰した3か月の講座で、この練習をした方々は、それだけでもとても楽になったと感想を伝えてくださってます
そして、私自身も「事実」と「解釈」が別であることを理解したことで、とても自分の理解が進み、自分の成り立ちや性格の形成の背景がわかるようになりました
それにより、自分も他人も「責め(攻め)なくなった」のです
これは、私にとってとても嬉しい効果でした
ですので、効果はとってもありますので、ご興味ある方はぜひ!この下からの練習をやってみてくださいね
「事実」を「事実」として眺める練習
「事実」と「感情」を分けて見る
私がおすすめしているのが、「事実」と「感情」を分けて見ることです
私たちは、「起きたこと(事実)」に反応しているつもりでいて、実はその出来事に対して湧き上がった感情や、そこから生まれた考えの方に、反応していることがほとんどです
例えば——
友達から返信が来ない
このとき、実際に起きた「事実」は、「返信が来ていない」ということだけです
そこから湧いてくるのは、「寂しい」「不安」という感情
そして、「もしかして嫌われたかも」といった思考です
つまり、「返信がない」こと自体は中立的な事実なのに、そこに自分なりの意味づけをして、気持ちが大きく揺さぶられる——そんなことが、私たちの日常にはよく起こっています
ここで少し意識してみたいのが、「事実」と「感情」「思考」を、いったん分けてみるということです
これは、「感情を抑えなさい」「冷静になれ」という話ではありません
むしろ逆です
感情を認めた上で、そこと少し距離をとって眺めてみる、という視点です
【実践】3つに分けて書き出してみる
やり方は、とてもシンプルです
- 何が起きたのか?(事実)
- それに対して、どんな感情が湧いたのか?(感情)
- どんな言葉や意味づけが頭に浮かんだのか?(思考)
この3つを、ノートに書いてみるだけでも、感情に飲み込まれていた自分に、少しずつスペースが生まれていきます
感情を「切り離す」のではなく、「分けて」扱う
分けてみる、というのは、「分類する」という意味です
この本当の目的は、感情を丁寧に扱うための余白をつくることです
「これは悲しい、これは悔しい、そして、起きたのはこういう事実」
と、静かに見つめ直すことができたとき、感情に巻き込まれずに、現実と対峙することができるようになります
「事実を受け入れる」ことから、「DoingからBeingへ」という視点に
進みたい方は、こちらの記事もどうぞ
→ 「何かをしていないと価値がない?」|事実を受け入れる、DoingからBeingへ
まとめ:感情に巻き込まれずに、現実と対峙するために
事実を認めるのが苦しいのは、弱いからではありません
脳の防衛機能、事実と解釈の混同、自尊心を守ろうとする働き——これらは、誰の中にも起こりうる、ごく自然な心の動きです
「事実」「感情」「思考」を分けて書き出す、というシンプルな方法を、ぜひ試してみてください

