「頑張らなきゃ」が苦しいのはなぜ? 封建制度から続く「隠れた命令」と世代間トラウマ

「稼がねば」「認められねば」「何か為さねば」 そんな見えない命令に、苦しさを感じたことはありませんか
実はその苦しさは、あなたの性格の問題ではなく、 何世代も前から受け継がれてきた”構造”かもしれません

「為せば成る」という言葉は、江戸時代の”支配のことば”

会社の経営者の座右の銘としてもよく使われる、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」という言葉があります

この言葉が生まれたのは、江戸時代です
江戸時代は案外長く、今から400〜150年ほど前にあたります

「やればできるのだから、諦めるんじゃない」——この言葉は、米沢藩の殿様が、下々の者たちを働かせるために言った言葉だと言われています

その数百年前の価値観を、私たちは今も、ありがたい教訓として受け継いでいるのです

(誤解のないように付け加えると、この言葉を残した上杉鷹山という人物自体を否定しているわけではありません。教育を興し、産業を興し、水路を作って水不足を解消した、優れた人物だったと伝わっています)

封建制度とは、支配-被支配の構図でできている

これはまさに、封建制度そのものだと感じます

封建制度とは、土地を持つ者が上に立つ、主従関係で成り立つ仕組みです
この時代は、土地とそこを耕す人に価値があったため、身分の高い者同士の間で、土地と農民がやり取りされていました

個人の自主性や自由を封じた、閉鎖的なシステムです
お上の命令は絶対であり、逆らえば土地(家、田畑)を奪われる——徹底的に領土と農民を管理し、支配する側を守るための政治システムでした

「為せば成る」——確かに、この物質的な世界において、何もしなければ何も変わりません
やらなければ話にならない、というケースがあるのも事実です

けれど、ど根性で、猛烈に、がむしゃらに頑張って成果を上げていく、交感神経を興奮させ「戦うモード」で突っ走るというのは、「やるか、やられるか」という二極化した世界観、「支配」対「被支配」の構図を前提にした思考です

「稼がねば」は、土地からお金に変わっただけの、同じ構造

「稼がねば」「認められねば」「何か為さねば」——これは、支配構造そのままに、分配されるものが土地からお金に変わっただけです

敵を討ち取って名を上げ、支配者に認められ、土地を得てきた武将が、会社の競争に勝ち、上役に認められ、お金を稼いでくるサラリーマンに変わっただけ

根本的には、封建社会のまま、昭和という時代は過ぎていきました

私たちは、封建制度から新しい価値観への「移行期」に生まれた

生きづらさを抱えている私たちは、実は、封建制度から新しい価値観へと変わる、まさにその移行期に生まれ育ってきた世代です

昭和まで封建制度がまかり通っていたのは、富む人がごく一部だったからです
大部分が貧しい社会でなければ、封建制度は成り立ちません。それはピラミッド構造だからです

上にいる、一部の富める者たちには、下で仕える貧しい人々が必要でした
だからこそ、下の人々を貧しいままにしておくために、食糧難が起こり、戦争が起こる、という構造がありました

戦争を生き延びた、親世代の子ども時代

私たちの親は、まさに戦中から戦後にかけて生を受けた世代です

原子爆弾を二つも落とされ、国土を、歴史を、家族を破壊され、焼かれてきました

終戦の年に生まれた私の母は、今78歳になります
土地を買うこと、家を買うこと、飢えないこと、物が多いことを、絶対的な正義とする価値観を持っています

私が幼い頃は、まだ「残留孤児」と呼ばれる方々がいました
戦時中、中国で暮らしていた日本人が、日本へ引き揚げる途中、飢えや病気、疲労で倒れる人がいる中、幼い我が子を、やむなく中国の方に託した親もいたのです

母は、「私も、ああなっていたかもしれない」と言って泣きました
私もまだ幼く、その言葉の本当の意味は、よく分かっていませんでした

けれど、命があるかないかも、大人でさえ分からないような状況の中、中国から日本へ帰ってきたのだそうです
帰国したからといって、決して楽な生活ではなかったことも、ぽつぽつと聞かされてきました

大昔のことのように感じるかもしれませんが、終戦は1945年、今から78年前の出来事です

そして、戦争によって多くの負債を抱え、技術も資材も人材も失われた中で、日本はたった10年で、戦前の最高水準まで国民所得を回復させました

ど根性で、がむしゃらに頑張ることで成果を上げていくことが、実際に可能だった世代です
金利は上がり続け、経済は成長し続けました

さぞ、頑張りがいのある20代、30代だっただろうと、就職氷河期のただ中にいた私は、羨ましく思います

そして、その父母世代が頑張ってくれたおかげで、日本は豊かな国になりました
バブル崩壊やリーマンショックといった経済的な打撃はあったものの、「豊か」と呼べる社会が出来上がったのです

そうなると、貧しさによって支えられていた「封建社会」は、成り立たなくなっていきます

「モノ・お金」を与えることが、親にとっての精一杯の愛情だった

今45歳の方は戦後33年で、35歳の方は戦後43年経って生まれています

カウンセリングに来られる方の多くは、経済的に困っていたわけではありません
教育も、習い事も、食べることにも、不自由はなかった方がほとんどです

それでも、「生きることがしんどい」「毎日苦しくて疲れ切っている」「楽しいことが分からない」という苦しみを抱えています

それは、親や養育者との間で、一対一の心の絆を結べなかったこと、自分という意思や感情を尊重されてこなかったことに、理由があります

けれど、「今日食べるものがない」世代と、「モノは捨てるほどある」世代とでは、悩みのレベルがまったく違うのです

生命の維持、食料の確保を最優先せざるを得なかった親が、「心の絆」「愛情」という、子どもの本当のニーズを理解できず、求められている愛情を与えられなかった——そんな断絶が起きていることを、セッションのたびに感じます

私たちの親の世代は、衣食住すらままならず、生命の維持すら危うい時代を生きてきました
私の親自身も、兄弟の半数を、戦争や飢えで亡くしています。「死」と隣り合わせの子ども時代だったのです

セッションの中で、クライアントのご両親のご兄弟について伺うと、戦死されたご兄弟の話が、ほぼ必ずと言っていいほど出てきます
親の子ども時代とは、そういう時代だったのです

だからこそ、私たちの親は、「死なない環境」「食べ物の豊かな環境」を確保することこそが、親の務めだと考えてきました

そして、ここが大切なところなのですが、
親にとってそれは務めであると同時に「愛情」そのものだったのです

物をたくさん与えること、たくさん食べさせること、お金を使うことは、「愛情」の証でした
親は単純に、自分がしてほしかったことを、子どもにも与えようと、精一杯努力してくれていたのです。それが、親にとって何よりも大切なことだったからです

飢えないこと、生命を脅かされずに生活できること——けれど残念ながら、その子どもたちは、それを大切な「愛」として受け取れずにいます

お金は使ってもらえたけれど、「愛情をもらえなかった」「可愛がってもらえなかった」「甘えさせてもらえなかった」「時間を割いてもらえなかった」——今、30代から50代の方々の多くが、そうした痛みを抱えています

「モノは足りているのに、心が満たされない」という新しい痛み

すでに私たちは、「モノ・お金」こそが大事、という価値観から離れています
なぜなら、生まれたときから、飢えることなく、生命を脅かされることなく、生活してこられたからです

それは、親とその上の世代が、貧困の連鎖を断ち切ってくれたからにほかなりません

物質的に満たされた社会になったからこそ、浮かび上がってきた、新しい階層の「痛み」があります

この、背景に「貧しさと生命の危機」があるかないかで、まったく違う世界観を持った人格が出来上がっているのです
ここを理解しておくことは、自分自身を癒す上でも、大きな意味を持ちます

親は、自分にできることを、精一杯やっていました
そして、戦争と貧困のトラウマを抱えたまま、普通の顔をして子育てをしていた方が、きっとたくさんいたのだと思います

感情が不安定な親のもとで育つということ

私がひそかに、どうにかしなければと感じていることの一つに、「お母さんの情緒不安定問題」があります

感情が不安定で歯止めが利かず、抑うつ状態になったり、怒りを爆発させたりと、安定しない状態のお母さんは、案外少なくありません

その子どもは、不安定な母親の情緒に振り回されながら、「この世は危険で恐ろしい場所だ」という世界観の中で育っていきます
まさに、恐怖の連鎖が起きてしまっているのです

これはあまりにも大きな話なので、私自身は、目の前にいる一人ひとりの傷と向き合い、一つひとつ癒していくことしかできません
けれど、それほど切実な、生命に直結するトラウマを抱えて生きている方が、今もまだ、日本にも、世界にも、たくさんいるという事実を、心の片隅に留めておいてほしいのです

それは、あなたのご両親や、祖父母のことなのかもしれません

戦争は、国土や文化を破壊するだけでなく、その後、数世代にわたって続くトラウマを植えつけ、健全な心を持ちにくい状態を作り出してしまいます

私たちは、「封建制度」を打ち壊す世代なのかもしれない

私たちの父母、祖父母の世代は、貧困に打ち勝ち、物質的な豊かさを手に入れてくれた世代です

では、次の私たちは、何をするのでしょうか

私は、私たちこそが「封建制度」を打ち壊す世代なのだと思っています

上の世代から十分に与えてもらえなかった、その痛みの記憶を癒し、「支配」と「被支配」という関係性ではなく、たとえ親子であっても、お互いの尊厳を守り、尊重し合い、対等な人間としてつながり合える——そんな関係性を築くための「礎」となる世代なのだと

そんな気持ちで、日々のセッションに向き合っています
そして、クライアントの皆さんのことを、一緒に世界を変えていく仲間なのだと、思っています

まとめ:痛みの記憶を癒し、対等につながり合える関係へ

「頑張らなきゃ」という焦りは、あなたの性格の弱さではありません
それは、何世代も前から受け継がれてきた、大きな構造の一部です

その構造に気づくことは、自分自身を責めることをやめ、親世代を、そしてその奥にある歴史を、少し違った目で見つめ直すきっかけになるかもしれません

自分と親との関係を見つめ直したいなら
「頑張らなきゃ」という焦りの奥にある、親から受け継いだ価値観や痛みを、カウンセリングで一緒に紐解いていくこともできます、お気軽にお問合せください
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