2017年以来、6年ぶりの「完全ショート」状態
おぉ、ブログを一ヶ月書いていませんでした
2月、立春の翌日に倒れまして
2017年以来、6年ぶり2度目の出来事です
身体も心もギブアップ状態、完全にショートしていました
確定申告用に空けておいたスケジュールに助けられ、ようやく持ち直しました(過去の自分、グッジョブ)
というわけで、セッションもワークショップもLINEもお休みしていましたが、今月からぼちぼち、個人セッション(通話のみ)にて受付を再開しています
この一ヶ月余り、何をしていたかというと、過去の傷を癒すことに専念していました
セラピストさん、エネルギーワークの専門家、エッセンシャルオイル、整体を2ヶ所、そして夫——あらゆる人に助けを求め、様々な手を借りました
何が起こっていたのかは、正直よく分かりません
ただ、湿疹や微熱が続き、夜も眠れなくなったりして、「身体が、無駄なものを出そうとしているんだな」という感覚がありました
きっかけは、ほんの些細な出来事でした
でも、普段はないほどの怒りや憤り、悲しみや自己憐憫、様々な感情が湧き上がってきて、その傷の痛みに完全に同一化してしまいました
毎日出てくるのは、恨みごとのオンパレード(夫さん、ありがとう)
それらは全て、母との関係性の中で経験してきた、痛みのパターンでした
自分と向き合おうとすると、一度状態が悪化する
それらの痛みの記憶に、ひとつひとつ丁寧に向き合い、自分自身で自分を癒していきました
その中で、数名の「インナーチャイルド」を統合し、自分の中に連れ戻すことができました
そして、あるセッションで、どこかの次元にあったという、とある「契約」を解除していただき、数年ぶりのスッキリとした状態を取り戻すことができました(ご心配なく。面白すぎるお話がたくさんあるのですが、少し不思議すぎる内容なので、それはまたの機会に)
私自身、これに似た経験は、これまでにも何度かあります
実は、自分としっかり向き合おうとすると、一旦、状態は悪化することが多いのです
身体の面、精神の面、あるいはその両方において、一度状態が悪くなることが少なくありません(コースを受けてくださっている受講生の方々も、ほぼ全員、一度は体調を崩されます)
過去の痛みは、身体を通じて出てくることがある
私の場合、最初にこれを経験したのは、心理学を学び始めた2017年でした
微熱と咳、原因不明の湿疹が続き、身体中が真っ赤にただれ、夜も眠れない日々が数ヶ月続きました
なんとか家庭が破綻しない程度に、生き延びるだけの数ヶ月でした。今思い出しても、あれは本当にしんどかったです
身体がしんどいと、心や思考のことなど、すっ飛んでしまいます
健康でさえあれば、悩みの大半はなくなるのではないか、と思うほどでした
医師に処方された抗生剤にも大きなダメージを受け、「このまま、なすすべなく死んでいくのだろうか」「こんなことで死ぬために生まれてきたのだろうか」と、色々なことを考えました
2017年の私は、自分に何が起きているのか、まったく分かっていませんでした
そのしんどい状態がいつまで続くのか分からない、終わりの見えない恐怖を抱きしめたまま、毎日、ただひたすら、「身体の”よくなる力”」を信じて、寝ているしかありませんでした
「俯瞰」「客観視」という技術が、今回は違いを生んだ
2017年のあの時に比べると、今回はずっと楽でした
「俯瞰」「客観視」という技術が身についていたので、感情に完全には巻き込まれずに、自分自身を眺めていることができました
そして、「これはいつか必ず終わる」「たとえこの感情の波に飲み込まれても、大丈夫」ということを、経験として、身体で分かっていました
「俯瞰」「客観視」という訓練を積んできたことは、本当に良かったと感じています
知識として「知っている」ということは、とても心強いことです
以前であれば、「これから、どうなってしまうんだろう」という不安に襲われていたと思います
でも今は、「しゃーないね、出てくるもんは止められんけん」というような感覚です
「なるようになる」でいい、コントロールという幻想を手放す
私たちは、「コントロールできる」という幻想の中に、生きすぎているのかもしれません
人間は自然の一部なので、本来、コントロールなどできないものです
異物が入ってくれば咳が出るし、熱も上がります
疲れれば動けなくなるし、怪我をすれば血が出るのが自然なことです
それをいつしか、熱が出たら抗生剤を飲む、咳が出たら咳止めを飲む、というように、前頭葉の都合で、身体をコントロールしようとしてきました
感情も同じです
感じない方が都合がいいから、感じない方が嫌われないから——そんな風に、感じる自分を、封印してきました
それが今、私の身体を通して出てきている、それだけのことなのだと思います
過去の感情に飲み込まれて、身動きが取れなくなってしまうとき、それは、出てきているその感情を、否定しているからかもしれません
ただただ、寄り添って、そのしんどい感情と一緒にいてあげればいいだけなのです
不安を見るか、希望を見るか、無理にポジティブを選ばなくていい
「なるようになるよねぇ」
先行きが分からないとき、不安を見るか、希望を見るか、どちらを見てもいいのです
ただし、無理やりポジティブな方向を向こうとすると、かえって悪化することがあります
それは、潜在意識が、本心ではそう思っていないからです
とはいえ、悪くなることへの不安ばかりに目を向けて、その不安に油を注ぎ続けても、意味はありません
私のヒーリングの師匠が、以前こう伝えてくれたことがあります
「わからないな、不安だな、と思いながら、わからないことに、寛いでいてください」
私はその捉え方を採用し、「なるようになれ」とつぶやきながら、ただ眠り続けました
それは、祈りのようでもあり、現実と戦わずに済む、安心感でもありました
まとめ:出てくる感情と、ただ一緒にいる
自分と向き合う過程で、体調が崩れることは、決して珍しいことではありません
むしろ、それだけ深いところに触れている、というサインなのかもしれません
もし今、原因の分からない不調や、抑えきれない感情の波に戸惑っているなら、それは「悪化している」のではなく、「出そうとしている」だけなのかもしれません
ただ、その感情に寄り添い、一緒にいてあげてください
一人で抱えきれない感情と向き合うときは
過去の痛みと向き合う過程は、時に一人では乗り越えるのが難しく感じることもあります。カウンセリングでは、そのプロセスを支え、安心の中で一緒に体験していきます
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