西暦の正月に違和感がある理由、旧暦・二十四節気とのズレとは

年末年始のイベントに、心が動かなくなった

年末になると、街は慌ただしくなり、「今年も終わりですね」「よいお年を」という言葉が飛び交います

けれど、その空気にどうしても心が動かない

「お正月だから」と言われても、どこか実感がわかない

そんな違和感を覚えたことはありませんか?

私は、まさにその一人です

もちろん以前は、おせちを用意したり、大掃除をしたり、お正月らしいことを一通りしていました

でも、ある頃から、それができなくなりました

ヒーリングを行い、エネルギーや身体感覚を大切にするようになってから

「違和感があるもの」に対して、どうしてもエネルギーを向けられなくなってしまったのです

私の身体は「二十四節気」で季節を感じていた

私自身、季節の巡りを感じる基準は、西暦のカレンダーではなく、「二十四節気」にあるようです

春は春分から始まり、立春が「新春」

冬至は一年で最も夜が長い日であり、「真冬の入り口」という感覚があります

その感覚で過ごしていると、冬至からわずか十日ほどしか経っていない1月1日を、「新しい一年の始まり」として身体が認識してくれないのです

「どうして1月1日がお正月なんだろう?」

そんな疑問が湧き、調べてみました

1月1日は、自然ではなく歴史が決めた日

「1月1日は、どうやって決まったの?」

国立天文台のサイトに、この質問への回答がありました

結局、1月1日というのは、古代ローマ時代の暦の上で、名前もついていなかった冬の期間の前半がIanuariusと呼ばれるようになり、それがいろいろな変更を経ながらも現在まで続いてきたという、長い歴史的経緯で決まったものです。天文学上の理由があって「1月1日をこの日とする」と決めたものではありません。国立天文台サイト

国立天文台の解説によると、現在の1月1日は、古代ローマ時代の暦をもとに、長い歴史の中で定められてきたもの、つまり、天文学的な理由や自然の節目によって決まった日ではありません

「ああ、人が決めた区切りなのか」

だから、その区切りに合わないと感じる人がいても、不思議ではない
そんな風に思えました

「みんながそうだから」が苦しくなることもある

もちろん、西暦のお正月を楽しみにしている方を否定したいわけではありません

社会はそのカレンダーで動いていますし、お仕事や学校、家族との予定も、その区切りに合わせて進んでいます

だから、それが自然に感じられる方もたくさんいますよね

一方で、

「なんとなく違和感がある」

「気持ちがついていかない」

という人がいても、それもまた自然なことなのではないでしょうか

違和感は「思い込み」を見直す入り口

私たちは、社会の決まりごとや慣習、風習、生活習慣を、「当たり前」として受け入れています

だからこそ、

「本当に自分に合っているのだろうか?」

と立ち止まって考える機会は、あまりありません

たとえば、

  • 年末年始は実家へ帰るべき
  • おせちは作るべき
  • 大掃除をしなければならない

こうした考え方も、多くは社会や家庭の中で身につけた価値観です

もちろん、それが心地よいなら問題ありません

でも、そこに息苦しさや違和感があるなら、一度見直してみてもいいのです

「当たり前」は、見直してもいい

私たちが「当たり前」だと思っていることの多くは、その時代や社会の中でつくられてきたものです

だからこそ、時代が変われば、その役割や意味も変わっていきます

本来であれば、

「今の自分に本当に必要な考え方なのか」

「今の自分にふさわしい価値観なのか」

を、ときどき見直してみることが大切なのだと思います

違和感は、あなたを苦しめるものではなく、教えてくれるもの

私たちは、「違和感」を感じると、それを無視したり、自分の方がおかしいのではないかと思ってしまいがちです

でも、違和感は間違いではありません

むしろ、

「今の自分には、この考え方は合わなくなっていますよ」

という心からのサインかもしれません

もし今、何かに息苦しさを感じているなら、その感覚を否定せず、大切に受け取ってみてください

思い込みや価値観を少しずつ見直していくことで、人はもっと自由に、自分らしく生きられるようになります

今年は、そんな「違和感」にひとつづつ気が付いていく一年にしていきませんか?

「なんとなく違和感がある」を、大切にしたいなら
年末年始に限らず、世の中の「当たり前」に、どこか馴染めない感覚があるなら、それは大切なサインかもしれません、セッションでは、その違和感の正体を一緒にひも解いていきます
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