シンデレラは自己肯定感が高すぎる、自己イメージが人生の脚本になる理由

私は「自己肯定感」や「自己イメージ」「自己定義」について、よくお話をします

なぜなら、幼い頃に決めた「自己イメージ」「自己定義」「キャラ設定」が、そのままその方の人生の脚本になってしまうからです

アファメーションで「変われる人」と「変われない人」の違い

その幼い頃に決めた脚本に書かれているセリフを変えましょう!が、アファメーションや、姫のつもりで生きてみる、だったりするわけです

それで、変われた人はOK

そして、そんなんで変わらんよと思う方は、正直です

「そんなに安直に変われたら苦労せんよ」

私もそう思うタイプです

それは、そもそものキャラ設定とセリフが違う!んですもの
違和感があるのが当たり前です

暗いオタクだった私にギャルになれというようなもんです
無理です

なぜ「変われない」のか、それはキャラ設定が違うから

で、無理なので私はその、そもそものキャラ設定を、なぜ作ったのか?というところから確認していきたい訳です

人がやっている事には、必ず「理由」があります

「理由」がわかると、キャラ設定が「必然」でなくなります

私は、その現在のセリフから「自己イメージ」を言語化して、不要な設定を仕分けていくことを目指しています

自分に対して

「ダメな人」
「足手まとい」
「価値のない人」

そんな定義をしていたり、ネガティブなイメージを自分に対して持っていると、当然ながら、そんな自分に相応しい物語を生きていくことになります

だから、現実世界の物語が自分の望んでいるものでない場合、その奥にあるのは、ネガティブな「自己イメージ」であり、「キャラ設定」なわけです

シンデレラは、なぜ舞踏会に行けたのか

シンデレラが、ネガティブな「自己イメージ」だったなら、舞踏会には行けてません

彼女が何歳に継母の元へ来たかはわからないけど、粗末な食べ物とぼろぼろの服で下働きをさせられる日々の中で、貴族のプライドを保ち、舞踏会で踊る自己イメージを保てたのは、ちょっと並外れた精神力があると思う

いやー、清らかさだけでそこまで?
血統というゆるぎない自信は、どこから?
と百姓上がりの道産子などは、つえーなと若干引いてしまうほどの自己肯定感です

シンデレラだけでなく人魚姫あたりも自己イメージ最強

いのちを助けただけで、王子が結婚をしてくれる
と思えるのって、こちらも自己イメージ高っ、と思うんです

自分が好きになった素敵な人が自分の事も同様に魅力的だと思い愛してくれるはず——って、なかなか普通の庶民は思えませんものねぇ(いや、童話だけど)

こういう童話の女性には「私にはその価値があるから!(Because I’m Worth It)」という強いロレアル味(自己肯定感)を感じるわけです(なんか、幼い頃にディズニーにハマらなかった理由がわかるわぁ)

チャンスとチャレンジは、常にポジティブな自己定義の元へ訪れます

シンデレラにしても人魚姫にしても、地位もルックスも素晴らしい男性に、素敵!と恋焦がれることが出来る

それはその地位にもルックスにも相応しい私!という非常にポジティブな自己定義があるからなのです

つまり、私たちがシンデレラ並みの幸せを手に入れたいと願ったとき、彼女並みの最強自己イメージを持つことが、非常に重要なわけです

(謎の熱弁を振るう深夜)

まとめ:幸せな物語を生きるには、自己イメージの見直しから

アファメーションで唱えるセリフだけを変えても、キャラ設定そのものが違っていれば、うまくいかないのは当然です

まずは、今のあなたの「キャラ設定」が、そのような設定で、いつ、なぜ作られたのかを知ること

そこから、不要な設定を、少しずつ仕分けていくこと

それが、幸せな物語を生きるための、一番の近道なのだと思います

自分の「キャラ設定」を見直したいなら
幼い頃に決めた自己イメージは、自分では気づきにくいものです。カウンセリングでは、そのキャラ設定がいつ、なぜ作られたのかを、一緒に紐解いていきます
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