「イヤだ」を感じないようにしている、2つのパターン
以前、「イヤだ」という感情を、無意識に感じないようにしてしまう、という話をしました
その理由として多いのが、「望んでも仕方がない」と、諦めてしまっているケースです
パターン1:望んでも無駄だと「諦めている」人
「どうせ手に入らないよね」
「望んだって無駄だよね」
そんな風に、分かりやすく「絶望」している方は、実は、カウンセリングの中では扱いやすいケースです
その「絶望」が何に由来しているのか、本当に「無駄」なのかを、冷静に分析していけばいいからです
客観的に見ていけば、未来のことは誰にも分からないのですから、「無駄」だと決めつける必要はありません
やりたければ、やればいい
やりたくないなら、やらなければいい
そんな、シンプルな結論にたどり着くはずです
もし、そんなシンプルなところに、うまくたどり着けないのだとしたら、そこには、もっと複雑な心の事情が絡んでいます
「無駄だった」というちくりとした痛みや落胆、あるいは「無駄だ」と、誰かに刷り込まれてきた過去があるのかもしれません
そうであれば、まずは、その封印されてきた過去の傷を、丁寧に癒していく必要があります
パターン2:「ほどほど」「まずまず」で満足しようとしている人
もう一つ、よくあるパターンがあります
「めっちゃ幸せでもないけど、そこそこ生きていけるし、不幸ではない」
「だから、こんなもんかな」
「高望みしちゃいけないかな」
「もっと不幸な人だって、たくさんいるよね」
そんな風に自分に言い聞かせながら、自分の中の不満を、感じないようにしている方です
ほどほど、まずまず、ぼちぼち——ずっと、45点から65点あたりをうろうろするような人生
うまくできてしまって目立ったら損だし、でも、できないと思われてもバカにされる
高望みせず、無難な人生で、人並みに幸せなら、それでいい——
その「人並み」は、誰が決めたのか
その「人並み」が、本当にご自身で、心から納得した「人並み」であれば、何も問題はありません
でも、多くの場合、「ほどほどの自分でいたい症候群」の方は、**誰かが決めた「人並み」、他人が決めた「幸せ」**を、そのまま信じてしまっています
だからこそ、実は心の奥底で、こんな思いがくすぶっているのです
私の人生、なんだったんだろう
何のために生きているんだろう
私にとっての幸せって、何だろう
「ほどほどの自分でいたい症候群」の正体
私が、特にお力になれると感じるのは、こんな方々です
本当は、人が決めた基準なんて、心の底では信じていないのに、いい子のふりをして、従うふりをして、世の中をうまく渡ってきた、世渡り上手な方々
叱られることもなく、かつ、手を抜いても気づかれない程度に、うまく点数を稼ぎながら、周りに合わせてきた方々
そんな「ほどほどの自分でいたい症候群」の方々は、長年それを続けてきたことで、何が自分にとっての本当の望みなのか、分からなくなってしまっていることが多いのです
私がお手伝いできること
もう、要らないんです、その見えない鎖は
その枠、もう狭くて窮屈になっていませんか
思い出してください
あなたが、本当に欲しかったもの
しっかりと、あなた自身につながり直し、腹の底からの望みを、一緒に叶えていきましょう
ちゃんと、欲しいものに照準を合わせて、手を伸ばしていいのです
あなたが、あなたの信じることに、突き進んでも大丈夫——それを、一緒に自分自身に証明していきましょう
カウンセリングでは、こうした「ほどほどの自分」を作り上げてきた背景にある思い込み(ビリーフ)を丁寧に紐解きながら、あなたが本当に望んでいるものへと、少しずつつながり直していくお手伝いをしています
まとめ:あなたの願いを叶えられるのは、あなただけ
あなたの願いを叶えられるのは、あなたしかいません
「ほどほどの自分」のままでいることに、心のどこかで違和感があるなら、その違和感は、あなたにとって、とても大切なお知らせです
「ほどほどの自分」から、抜け出したいなら
長年かけて身につけてきた「ほどほどでいる」という生き方は、一人で手放すのが難しいこともあります。カウンセリングで、あなたが本当に望んでいるものに、一緒につながり直していきましょう
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