暴言を吐く人の心理と、自分自身が被害者意識の連鎖に巻き込まれないための視点をお伝えします(元の記事が書かれたのは、2021年5月、コロナが猛威を振るっていた頃です)
ある日、見知らぬ人から浴びせられた「死んでしまえ」という言葉
お散歩がてら恵比寿駅近辺を通りがかりました
私は基本的に、外を歩いているときにはマスクはしません、建物やお店、駅に入るときに、マスクをつけるようにしています
駅近くの交差点に差し掛かると、杖をついたおじいさんが私を見て苦々しい表情で
「マスクをしない奴らは死んでしまえ!!」
と吐き捨てました
私だけでなく、周りにも一瞬緊張が走ります
私は、そのとげとげしい目線と言葉に、一瞬しげしげと、そのおじいさんを眺めてから、会釈をしてそのまま立ち去りました
そのすぐあと交差点を渡りきると、恵比寿様の像の前で親子が写真を撮っているところへ差し掛かりました
ここへ来た記念に写真を撮るからと、お母さんがお子さんにマスクを外すよう促しています
10歳くらいのお嬢さんは、少し眉根をひそめ困惑した表情で悩んでいましたが、しびれを切らしたお母さんの声に、周りを気にしながらながらマスクを外し、また心配そうに周りを見回しました
彼女の目線が、私を捉えた瞬間、とっさに私はマスクをしていないままニコッと笑いました
考える間もなく一瞬のことでしたが、女の子は一瞬表情を和らげ、はにかんだ笑顔でお母さんのスマフォに収まるのを見届けました
ほんの数分の間に、責める側と責められる側、両方の姿を見たわけです
他人の暴言は、あなたのせいではありません
もしこれを読んでいるあなたが同じ目にあったとしたら、その悪意を決して受け取らず、ご自身の境界線をしっかり保っていてほしいと願います
見知らぬ相手からの暴言は、決してあなたのせいではありません
100%相手の内部に原因があります、他人の投げたゴミを拾う必要はありません
その悪意を決して受け取らず、その場を離れ、精神的にも身体的にも、安全な場所に避難することを第一にしてください
「暴言を吐く」に至る理由
一般的に、暴言を吐く行動の理由として考えられるのは
- 「性格が悪い・攻撃的である」(パーソナリティの問題)
- 「優位に立ちたい・支配したい」(マウントや権力欲)
- 「感情をコントロールできない幼さ」(自制心の欠如)
のように捉えられることが多いものです
しかし、心理学で構造的にとらえ直すと、また別の背景が見えてきます
どんな行動にもメリットと理由がある(例え、表面的には不合理であったとしても、デメリットの方が多そうに見えたとしても)、と考えるのが私の考え方です
暴言=攻撃、のメリットはなんでしょうか?
それは、最大の防御だからです
「恐怖」:攻撃は最大の防御という防衛本能
臨床においては、過度な攻撃性は「防衛」の一種とみなされます
- 自分のプライド、価値観、存在意義、安全領域が「脅かされている」と感じた時、脳は恐怖や不安を検知します
- その恐怖に耐えきれなくなった時、人は先手を打って相手を言葉で威嚇・排除しようとします
つまり、暴言を吐いている瞬間、本人の内部では「攻撃している」のではなく「自分を守るために必死に抵抗している(防衛行動)」という知覚が生じています
「被害者意識」:加害の正当化
そして、攻撃の根底にあるもの、加害者臨床(DV、パワーハラスメント、ネット上の暴言など)の分野で指摘されるのが、「加害者の中にある被害者意識」です
- 暴言を吐く本人の脳内では、「自分は悪くない、相手が私を害した(侮辱した・思い通り動かなかった・不快にさせた)」という歪んだ文脈が完成しています
- 「自分こそが傷つけられた被害者だ」という強固な被害者意識があるからこそ、「だから暴言でやり返しても正当な防衛(あるいは懲罰)だ」と罪悪感を麻痺させることができるのです
なぜ人は「被害者」でいることを手放せないのか
被害者でいることは、本来しんどいはずです
でも実は、そこには結構なメリットがあったりします
それは、被害者の着ぐるみを着て、相手を加害者に仕立て上げ、堂々と攻撃ができること
このメリット、実はカウンセリングの現場でも「あるある」なパターンです
自分を安全な場所に置いたまま、正々堂々と相手を攻撃できる——これほど都合の良い立場は、なかなかありません
被害者意識は「連鎖」する
そして、被害者意識の厄介なところは、「連鎖する」ことです
「死ね」と言われたことに対して、もし私も防衛反応を起こしていたら、とっさに「怒り」を持ち出し、被害者意識から反撃を繰り出していたことでしょう
まぁ、その手には乗らないよ、という意識があったので、受け取りませんでした
負の遺産の連鎖には、手を染めない
(お嬢さんへの、被害者意識の連鎖を、少しでも食い止められていたなら嬉しいのですが……)
責める側も、責められる側も、どちらも被害者です
私は、どちらにも属したくないですし、加担したくもありません
まとめ:責める側も、責められる側も、どちらも被害者
この体験は、自分の中に「被害者意識」がないかを見つめ直す、良い機会になりました
暴言を向けられたとき、反射的に反撃したり、落ち込んだりするのは自然な反応です
でも、その一歩手前で「これは被害者意識の連鎖かもしれない」と気づけるだけで、選べる反応の幅がぐっと広がります
自分の中の「被害者意識」に気づいたら
理不尽な出来事に振り回されず、自分の反応パターンに気づけるようになると、人間関係がぐっと楽になります。
カウンセリングでは、あなたの中にある「被害者意識」の構造を、一緒に丁寧に紐解いていきます
→ セッションの詳細を見る

