忘れていたはずなのに、身体は覚えていた|フラッシュバックの正体

忘れていたはずなのに、身体は覚えていた|フラッシュバックの正体 身体からのアプローチ

雪を見ると、複雑な気持ちになる理由

午前中のセッションを終えてスマートフォンを覗くと、友人が「雪!」とつぶやいていました

へえ、神奈川は雪なのだなと、少し遠い出来事のように感じながら居間へ向かうと、セッションルームのある目黒の窓の外も、真っ白な雪景色でした、おぉ……

私のセッションルームのあたりは坂が多く、急な下り坂をくだって来ていただかなくてはなりません
雪の日の足元を思うと心配なので、その夜のセッションのお約束を延期していただくこととしました

雪を見ると、私はいつも複雑な気持ちになります

生まれ育った北海道の景色が、淡い懐かしさとともに胸の奥に蘇る一方で、雪がもつ厄介さや、危うさも知っているからです

毎日、朝夕の雪かき、屋根の雪下ろし
吹雪いた翌日は、玄関が開けられないこともありました

学校から帰ってきたら50cmも積もっていて、制服のまま雪を漕いで物置まで行き、スコップを取り出しては、車を入れられるまで雪かきをした思い出もあります

酔って帰宅し、玄関前で行き倒れてしまった話
遊んでいた子どもが雪に埋もれて、春先まで行方不明となったニュース
毎年のように起こる、雪下ろしの最中の事故

雪は私にとっては、たいそう面倒で厄介で、陰鬱で迷惑なもの、というネガティブな記憶があります

きっかけは、身内の手術

数年前、私の身内が大きな手術を受けました

手術の日は、前日から冷え込みが厳しくなり、大雪になると警告が出ていました
電車が止まることを予想し、前日から病院の近くに宿泊していました

医師から「心配はいりません」と言われていたにもかかわらず、鼓動が静かに早く、理由の分からない静かな不安が、泡立つさざ波のように身体に広がっていきます

何かが起こっているわけではないので、明らかに目の前の出来事に対する「反応」ではありません
何かを予期している「虫の知らせ」のような感覚とも違う——でも、「それ」が何なのか、特定できずにいました

エレベーターの中で、突然「それ」が襲ってきた

病棟から手術室へ向かう、大きなエレベーターに乗り込んだとき、突然「それ」が襲ってきました

指先が冷たくなり、寒くもないのに震えます
ぐにゃりと視界がゆがみ、頭の真ん中あたりにしびれたような、じーんと麻痺したような感覚が広がります

そこへ、あの日の吹雪の光景がよみがえってきました

ふいに蘇る、幼い日の記憶

ソリに乗せられてくる母の姿、父の焦った声、回転する車——

それは、小学二年生の冬、家族で出かけたスキー場でのことでした

山の天候が荒れていたので、私はリフト乗り場の近くで雪遊びをしながら、父と母が滑り下りてくるのを待っていました

普段もの柔らかな父が、血相を変えて慌ただしい足取りで近づいてきます
「お母さんが怪我をした」と

やがて母が担架のソリに乗せられ、吹雪の中を運ばれてきました

私の頭は真っ白、頭の中心がしびれたようになり、世界がだんだんと遠のいていきます
幼い私は何も言えず、ただただ静かに、精神的な大恐慌に陥っていました

看護師だった母は、自分の勤め先の病院へ行きたいというので、救急車に頼らず、父の運転で向かうことになりました

先が見えないくらいの雪が降りしきる中、幼い私は「母が死ぬ」のではないかという恐れに圧倒され、ただただ怖くて泣いていました

慌てた父がハンドルを切った車は、凍った道できれいに180度半回転

母が死ぬどころか、一歩間違えれば一家心中になりかけた——そんな記憶です

今では「あの時はみんな必死だったね」と、家族の笑い話になっています
でも、身体はその状態を、きちんと保管していたようです

身体は、記録を再現する

身体は強張り、呼吸が浅くなり、視界が狭くなり、胃のあたりがきゅっと縮こまります

ああ、あの時の私は、こんなにも怖かったのだと——すっかり忘れていたはずなのに、身体にはあの吹雪の日の恐怖が記録されていたのだと、心理学と神経科学の知識を経て、理解しました

「吹雪」がトリガーとなり、一瞬でそれらの体験が再現されたのです

固く握りしめていた手を、そっと開き、冷えた指先をゆっくり温めました

吸うよりも、まずは吐く
少しずつ深く、静かに、意識的に、呼吸を遅く、深くしていきます

自分の腕をそっとなでながら、「もうあの時ではないよ」「今は大丈夫だよ」

そうやって、身体に語りかけていきました

「フラッシュバック」は、特別な誰かだけに起こることではない

トラウマと呼ぶには小さすぎる出来事でも、身体は驚くほど、それを記憶します

繰り返される不安や、苦手なパターンが、思考や感情の問題だけではなく、身体から生まれていることも少なくありません

実際に、私の「意識の上では」もうあれは過去のこと、しかも全員生きているし、それほどの大問題ではなかったと、認識していました

でも、身体のどこかには、あの時、瞬間的に冷却した身体の反応が記録されていた——そして、その記録が「吹雪」と「身内の横たわる姿」によって引き起こされ、再現、再生されたのでしょう

この、身体の再現、再生は、分かりやすい言葉で言えば「フラッシュバック」なのだと思います

「トラウマ」「フラッシュバック」は、決して戦争や虐待といった、特別な誰かに起こる、遠い世界の不幸な出来事ではありません
日常的に、いつでも、誰にでも起こり得る、身近なものなのだと思うのです

理由の分からない「無力感」「罪悪感」「諦め」「悲しみ」
そして、感情の抑制が効かなかったり、繰り返し同じ感情に襲われたりすることも、「フラッシュバック」の一部ではないかと、私は推測しています

まとめ:身体と心の声を、聴くために

それに気づき、対処できるようになるためには、知識と、そして練習が必要です

簡易的な、その場しのぎの対処方法ではなく、自分の身体と心の声を聴くための、知識と練習方法をお伝えしていきたいと考えています

理由の分からない不安や、繰り返す感情の波があるなら
それは、身体に記録された、過去の記憶が関係しているのかもしれません。カウンセリングでは、そうした身体の反応と、丁寧に向き合っていきます
セッションの詳細を見る

タイトルとURLをコピーしました